コトブキを知る〜コトブキ100年史〜 第1回「創業と敷物家具」

待ち合わせまでの時間を、過ごした駅前のベンチ。
空が暗くなるまで、夢中で遊んだすべり台。
知らないまちで、行き先を示してくれた案内板。
──コトブキは、気づかないうちに、
あなたの日常に寄り添ってきました。
その歴史は、100年以上。
はじまりは、1916年です。
現在、コトブキは「ストリートファニチャー」「公園遊具」「公共サイン」を
主な事業として、まちや公園、駅、商業施設などあらゆる空間づくりを支えています。
けれど、最初からこの姿だったわけではありません。
100年という、気の遠くなるような時間の中で、
社会の価値観や人々の暮らしが何度も姿を変えるなか、
コトブキはその一つひとつの変化と向き合い、迷い、試し、選び続けてきました。

一方で、創業から変わらず受け継がれているものもあります。
それは、「他社に先駆けるパイオニア精神」です。
まだ答えのない時代に一歩を踏み出し、誰もやったことのないことに挑み続ける。
その姿勢はかたちを変えながらも、
現在の企業理念、
「オープンスペースに次のあたりまえをつくる」
という言葉の中にも、静かに、そして力強く流れています。
コトブキが生まれてからの100年、
日本ではどのような社会の変化が起こり、コトブキはそのなかで、何を見つめ、何を選んできたのか。
時代の影響を受けながら、どのように変化し、そして、何を生み出してきたのか。
この「コトブキを知る〜コトブキ100年史〜」シリーズでは、
1916年の創業から現在に至るまでの歩みを振り返りながら、
時代とともに変化してきた軌跡と、100年をつらぬいて変わらない想いを辿ります。

「創業と敷物家具」
暮らしの足元に目を向けた、はじめの一歩
西洋化とともに歩み始めた「壽商店」
1914年。
日本では、洋服姿の人々がまちで見られるようになり、
暮らしの中に西洋文化が、少しずつ入りはじめていました。
とはいえ、椅子やテーブルといった西洋家具は、
まだ官庁や外交施設など、ごく限られた場所のもの。
一般の家庭では、床に敷くものといえば畳があたりまえ。
今ではインテリアとして身近な敷物やじゅうたんも、
日常生活には必要のない、珍しいものでした。

そんな時代に、コトブキの前身となる「壽商店」が誕生します。
目を向けたのは、植物繊維を編んだ敷物「グラス・ラグ」。
当初は外国向けにつくられていた製品ですが、
「これは、きっと国内でも流行する」
そう見込み、壽商店はその販売を始めました。
グラス・ラグは、まず在留外国人のあいだで人気に火がつきました。
それをきっかけに、1916年、法人企業として「壽商店」が創立。
暮らしの"足元"に新しい価値を見出したこの選択が、
のちのコトブキへとつながる、最初の一歩となりました。
ここから、コトブキの歴史が本格的に動きはじめます。

グラス・ラグ
「敷物=インテリア」という、まだなかった視点
壽商店では、敷物にあわせて家具の取り扱いも始めます。
それは、敷物を単なる床材としてではなく、
空間をつくる"インテリア"として捉えていたからでした。
敷物と家具を組み合わせて提案する。空間全体の調和を考える。
今ではあたりまえになっているこの考え方は、当時はまだ新しいものでした。
壽商店が大切にしていたのは、「人が集い過ごす場を、ひとつの空間として捉えること」。
人が集まる場所には、必ずそこで過ごす「時間」があり、
その時間を心地よく支える環境が必要だ。
そんな考えが、すでに根底にありました。
この空間に向けられたまなざしこそが、
やがて公園や駅といったオープンスペースへと事業が広がっていく、
コトブキの原点となっていきます。

敷物をインテリアとして取り入れたルイ王朝式の部屋
100年続く挑戦のはじまり
1914年に始まった敷物販売は、
コトブキが100年以上にわたって続けてきた挑戦の最初の一歩でした。
目立つ存在ではなくても、人の暮らしにそっと寄り添い、心地よく過ごせる居場所をつくる。
この思想は、時代や事業のかたちが変わっても、現在のコトブキのものづくりにつながっています。
敷物と家具の販売によって、順調に歩みを進めた「壽商店」。
しかし、その先には1923年の関東大震災という、大きな転機が待ち受けていました。
次回は、関東大震災後の復興期を背景に、壽商店の事業がどのように方向を変え、
新たな道を切り開いていったのかをたどります。

記事作成:マーケティング本部 渡邉
